2010年10月24日日曜日

アブラハムの如く


今回の宇宙経綸は、人類の存続を掛けた最終の経綸であるために諸々の諸宗教を代表し、超宗教次元で呼び集められた神の子たちにより、女神を中核としたネットワーク体制が編成されるようになるでしょう。

最初にヤハウェの母性に目覚めた神の子1人が、そしてその1人を支える三つ巴の神の巫女3名、そしてその3名の周りに12名ずつの神の巫女36人、合計40名の神の巫女とそれをサポートする神の子たちのシンクロネットワーク体制が揃うことで、ようやく経綸の渦を発動させ継続させて行く条件となるのですが、自称神の子たちは内外に沢山おりましても、現実的にはこの条件はまだまだ整っていないのです。

また神の巫女36人が揃いますと、次に倍の72名、そしてその倍の144人とそれをサポートする神の子たちのシンクロネットワーク体制が揃うことで、諸々の神々と連携しながら国土を動かし、神々の経綸が発動する条件となるのです。これらの条件については4年前の2006年からヤハウェから言われていたことなのですが、未だにその準備は揃ってはいないのです。

旧約聖書に以下の様な神とアブラハムの問答があるのですが、今のフランシスコもアブラハムの心境と良く似た立場に在るのです。今の世界は、罪と汚れに満ちたソドムとゴモラの町に喩えることができるでしょう。

<創世記1826-32>

「神は言われた、「もしソドムで町の中に五十人の正しい者がいたら、その人々のためにその所(ソドムとゴモラ)をすべてゆるそう」。

アブラハムは答えて言った、「わたしはちり灰に過ぎませんが、あえてわが神に申します。もし五十人の正しい者のうち五人欠けたなら、その五人欠けたために町を全く滅ぼされますか」。

神は言われた、「もしそこに四十五人いたら、滅ぼさないであろう」。アブラハムはまた重ねて神に言った、「もしそこに四十人いたら」。神は言われた、「その四十人のために、これをしないであろう」。アブラハムは言った、「わが神よ、どうかお怒りにならぬよう。わたしは申します。もしそこに三十人いたら」。神は言われた、「そこに三十人いたら、これをしないであろう」。

アブラハムは言った、「いまわたしはあえてわが神に申します。もしそこに二十人いたら」。神は言われた、「わたしはその二十人のために滅ぼさないであろう」。アブラハムは言った、「わが神よ、どうかお怒りにならぬよう。わたしはいま一度申します、もしそこに十人いたら」。神は言われた、「わたしはその十人のために滅ぼさないであろう」。


天の時と地の利が満ち、あとは神々の計画を推進して行く為の人的ネットワーク基盤の整備がとても重要なのであり、そのために幼い神の子たちの成長進化を心から祈らざるを得ない、神々の切なる願いと心境がフランシスコには痛いほど伝わってくるのです。

神の子たちによる主体的なネットワーク基盤の確立に向けて着実な歩みを推進して参りたく、皆様どうぞよろしくお願い申し上げます。

感謝合掌

2010年10月22日金曜日

自己創造-2

顕在意識の多くは、憑依している守護霊や協助霊、そして血統的関わりの強い先祖霊たち無数の集合意識の現れであることは回述べました。但し自らに直接関わりのある先祖などのカルマ清算の責任は持つ必要があるのであり、また逆に背負わなくても良い浮遊霊などの憑依からは完全に解放されるべきなのです。
この有象無象の浮遊霊が実は現代人の多くに救いを求めて数多く憑依しているのであり、実はこの束縛から解放されるだけでも精神的な負担は随分と軽くなるのです。そのために「霊界創生の基本(霊界人が蘇生するための基本)」の祈りや海馬の浄化があるのであり、自らの先祖霊を初めとした守護霊や協助霊たちの集合意識が、成長進化の6.66段階を超えて守護神との交流が始まるまでの自らの顕在意識の骨格と成り、人格形成に大きく作用しているのです。

守護霊や協助霊が自分に憑依(転生)して来る理由は、究極的には自らのカルマ浄化による真の愛の完成のためであり、同じ遺伝子を有する子孫の成長進化を助けることで、その恩恵を受けて自らも成長進化する事が出来るのであり、総じて霊界の甦生に繋がっていくのです。

自分という顕在意識は、自らに働く守護霊団の集合意識の反映であり、この意識の中に「人は誰もが無限の可能性を持つ神の子として創造されている。」という認識を強く持つところから、共に守護霊団の甦生復活も始まる事になるのであり、養父母なる守護神の導きと育みの中で地上と霊世界共々に共鳴し合いながら、神の子としての自己創造の道がスタートして行くのです。

感謝合掌

2010年10月21日木曜日

自己創造

自己創造の第一歩は、自分と言う意識の多くは、自分に憑依している人霊の集合意識であり、神の子としての自分の意識では無い事に気付くところからの始まりとなります。

人は、この霊の集合意識を自分の想いだと勘違いしているのであり、自分の想いの殆んどが神の子意識とは異なる霊の集合意識の想いに支配されていることが多いのです。ですから神の子としての自分自身の意識と霊の集合意識の想いとを区別することで、その違いを見破る必要があるのです。憑依霊の殆んどが遺伝的繋がりの多い先祖霊ですから、ある意味では自分の意識は、先祖の集合意識の結実体でもあるのです。

そのように先祖の集合意識の結実体としての自分自身が神の子意識に目覚めるということは、先祖の霊も同時にその恩恵圏に入ると言うことであり、先祖の霊も神の子として同時に甦生して行く道が開かれて行くことになるのです。

真の個性とは、本来神の子としての神性なのであり、この神性を育み光輝かせることが神の子としての自己創造の始まりとなるのです。然しながら多くの人々は、先祖霊たちを初めとした憑依霊の集合意識の想いにより形成された個性が自分の個性であると勘違いしている事が多いのです。

ですから一般的に人の個性とは、憑依霊の集合意識の想いにより形成されたものであり、本来の神の子の個性(神性)とは異なるのであり、成長進化の6.66段階を超えて行くことはできません。人は憑依霊の想いに支配されている間は、自らの神性を啓発する事が難しく、神性とは異なる自らの性格や癖、悩み、躁鬱など、憑依霊の集合意識の想いが創り上げた自分であることが殆んどなのです。

故に自己創造の第一歩は、自分と言う意識、想いの多くは先祖霊を初めとした憑依霊の集合意識、想いである事に気付くことから始まるのであり、次に意識すべきは見えざる育みの親である守護神(天使)を意識するところからのスタートとなるのであり、神無き虚構世界の呪縛から脱皮して行くことで神の子としての神性(真の個性)を回復し、自己創造の道が開いて行くのです。

感謝合掌